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名物料理のお取り寄せガイド

全国各地の有名な名物料理をご紹介します。

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盛岡冷麺(もりおかれいめん)は、岩手県盛岡市の名物麺料理です。
辛味のある冷麺のことです。

わんこそば、じゃじゃ麺と並んで「盛岡の三大麺」と称されています。

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一般的に「冷麺」というとこれを指す事が多く、主に焼肉店での定番として供されています。

公正取引委員会が承認する特産・名産麺料理10品目の中で唯一の冷製専用品目です。
盛岡冷麺の麺は、スパゲッティなどのパスタと同様に小麦粉、片栗粉などを用いた生地に強い力を加え、麺の太さに合わせた穴から押し出して作られます。

 

この際、麺が高温になりアルファ化するために強いコシがもたらされます。

この押し出し麺という製法は、盛岡冷麺には不可欠とされています。

 

その後の製品開発により、非押し出し製法である混練法で冷麺を製麺している製麺所も存在します。

盛岡冷麺の殆どに付け合わせ(口直し)として果物が載せられますが、

リンゴ、スイカ、梨など季節に合わせて変えるのが一般的です。

 

また、盛岡で冷麺の辛みとして合わせるキムチは主に大根であり、カクテキと表す方が適切です。

 

殆どの店では辛みの程度を数段階(辛みなし、弱、中、強)から選べるが、冷麺とは別の皿で出させる別辛を選ぶ者も多いです。

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盛岡冷麺の歴史

盛岡冷麺の歴史は次のようなものです。
朝鮮半島北部(現・北朝鮮)の咸興(かんこう、ハムフン)生まれの在日朝鮮人1世の青木輝人(朝鮮名:楊龍哲(よう りゅうてつ)が、1954年(昭和29年)5月に盛岡でテーブル4つの「食道園」を開業し、店で出したのが最初です。

料理人としてのプロの技術を持たなかった楊は、自分が子供のころに食べた咸興の冷麺を独力(独学)で再現しようとしたといいます。

 

咸興の冷麺はスープのないピビム(ビビン)冷麺が有名だが、咸興冷麺にもユクス(肉水:牛肉の出汁スープ)つきのものもあったといい、楊は自分が好きだったスープつきの咸興冷麺を自分の店で出しました。

 

咸興独特のかみきれないほどコシの強い麺は当初、盛岡市民には不評で「ゴムを食べているようだ」などと言われてしまい、また当時は辛いキムチも日本では一般的ではなかったこともあり、まったく受け入れられませんでした。

 

楊によると、咸興の冷麺はそば粉入りの灰色の麺だったといい、初期は店でもそば粉入りの麺を出していました。

 

この灰色の麺は楊自身にもおいしそうに見えなかったといいます。
楊はかつて働いた東京の韓国料理店で出されていた、白い冷麺を参考にそば粉を抜き、麺を白く変えます。

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が、ジャガイモのでんぷんを使ったコシの強い麺や、キムチのトッピング、牛骨ダシ中心の濃厚なスープという「故郷の味の3要素」は守り続けました。

 

やがて盛岡の新しいもの好きな若者たちの間で、そのユニークさが「一度食べたらあとを引く」と評判になり、店には客が入る様になりました。

 

ここに、「盛岡冷麺」の基本形が完成したといわれています。

 

ただし楊自身は、「盛岡冷麺」でも「咸興冷麺」でもなく、「平壌(へいじょう、ピョンヤン)冷麺」という看板を掲げ続けていたそうです。

商売っ気のある楊は「咸興より、平壌の方が大きな街で有名だからそうした」と生前、いたずらっぽく語っていたそうです。

 

1979年(昭和54年)に都南中央跨線橋の西袂に開業した郊外型店「焼肉ガーデン ペコ&ペコ」(2001年閉店)は、テレビ・ラジオ・市内映画館などのメディア広告を使い「冷麺」を宣伝し、この宣伝がヒットして「冷麺」は岩手県内に知れ渡ることとなりました。

なお、「ペコ&ペコ」では「平壌冷麺」ではなく、単に「冷麺」と呼称していました。

 

「盛岡冷麺」の名称を市内の店で初めて使用したのは、1987年(昭和62年)に「ぴょんぴょん舎」を創業した在日韓国・朝鮮人2世の邊龍雄(へん りゅうゆう、ピョン・ヨンウン)です。

 

それまで盛岡では、楊の店にならって「平壌冷麺」、または単に「冷麺」と呼ばれていました。

まだ「ぴょんぴょん舎」開店の準備中だった邊に、1986年(昭和61年)10月に盛岡で開かれた「日本めんサミット」出店の声がかかり、小さなブースで出した冷麺の看板に「盛岡冷麺」「ぴょんぴょん亭」の文字が書かれたのでした。

 

「盛岡冷麺」という呼称を使うよう勧めたのは、サミット運営を担当した盛岡市職員の田口善政だったといいます。

田口は、盛岡式の冷麺が県外で「盛岡冷麺」と呼ばれているのを知っていたのです。

 

「盛岡冷麺」という名称は当初、在日のコミュニティーからは「故郷の味を安売りするもの」「祖国の食文化を日本に売り渡す」と猛反発を受けました。

が、これを機に徐々に「盛岡冷麺」の名が市民に浸透し始め、全国的にも盛岡の名物として知られるようになります。

 

邊をはじめ、楊を追って冷麺をつくり始めた店では、それぞれが独自の試行錯誤を繰り返し、盛岡冷麺の味は次第に日本人の味覚に合ったものに変化しつつあります。

 

なお、ぴょんぴょん舎は楽天のネット通販で密かに人気を呼んでいます。
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